シーズン1 第7回 久米邦武
2016年10月26日放送
マスター:やぁ、富田さん、またいらっしゃいましたね。
富田さん:マスターこんにちは~。あれ?マスター何やってるんですか?
マスター:
あぁ、これですか?趣味のジグソーパズルですよ。
一週間かけて、じっくりと作っています。
富田さん:へぇ~。何ピースのやつですか?
マスター:30ピースです。
富田さん:(心の声)・・・え?30ピースを、一週間・・・。
マスター:はい、いつもの「WISEブレンド」です。
富田さん:
(心の声)いい意味で、マスターは緻密なんですね・・・。
あ、緻密で正確といえばマスター、 この人は外せませんよね。
マスター:お!今週も来ましたね。どなたなんです?
富田さん:久米邦武です。
マスター:あの歴史学者の・・・。
富田さん:そうです。
マスター:どんな生い立ちの方なんですか?
富田さん:
佐賀の街なか、八幡小路で生まれ育った人物で、お父さんは江戸時代の佐賀No.1の特産品だった伊万里焼辺りを管理する、産業など財務分野の役人だったんですね。
マスター:ほぉ。
富田さん:
それで、江戸時代の学問というのは中国の学問が中心なんですけれども、このお父さん、「江戸時代のこの世の中の学者は算数に弱いものが多すぎる」というのを嘆いていたんです。
ですから息子の邦武は、「学者自身が経済や財務のことを知らなくてどうして国の治め方や生き方を説くことができるか!」と、お父さんから小さい時から教えられたというんですよね。
そうやって育てられた久米邦武の若い時期の一番大きな仕事のひとつが、明治4年に岩倉具視の率いる政府の海外視察団の専任記録係に任命されたことなんですね。
彼は欧米12ヶ国を巡回した時のメモをもとにして、帰国した後ほとんど独力で、100巻分の原稿を執筆してその報告書をまとめたんです。
マスター:ええ。
富田さん:
それが「米欧回覧実記」と呼ばれる報告書なんですよね。
後に彼は、こうした経験を積んだ後、国内で歴史学会を牽引するリーダーとして活躍して、あの帝国大学でも歴史教授になるんですね。
マスター:ほぉ~。また帝大とはスゴいですね~。
富田さん:
凄いのはその論文のタイトルもなんです。
結構単刀直入で挑発的なタイトルを論文につけていまして、例えば「太平記は史学に益なし」というタイトル。
「太平記」という書物は物語的な内容だから、歴史学には役に立たないと、もう痛烈に批判しているんですね。
それからもう一つは「神道は祭天の古俗」という論文で、日本古代から天皇の政治と神様・神道を結び付けて解釈されてきたんですけども、歴史学の客観的な立場から正しく考察する必要があると、大胆発言をしたんですね。
やっぱり久米は、歴史の史料に基づいて研究するという歴史学者の真摯なスタンスを追求して、時にはそういうタブーに触れることも恐れなかったんですね。
マスター:なるほど。
富田さん:
でも、やはり、そういうスタンスに対しては神道の関係者や、保守的な立場の人から反感を買ってしまって帝大教授を結局免職に追い込まれてしまうんですね…。
でもその後、友人が手を差し伸べてくれて、私立学校で歴史の先生をやることになるんですね。その友人というのが、同じ佐賀出身の大隈重信。ですから、私立学校というのが東京専門学校、のちの早稲田大学と。
こんな風に歴史を見る上での久米のスタンスというのは、とにかく感情を排除して歴史の事実にこだわること。その背景には、小さい時に、文系の学者も理系の算数をしっかり学ばないといけない、と言っていたお父さんの財務役人の考え方もあったでしょうし。
マスター:はい。
富田さん:
欧米を観て回った後、100巻一人でまとめたという、あの作業で見せた緻密さ、正確さ、そういうものもあったんじゃないかと思いますけどもね。
マスター:そんな久米の功績の一部が、今の佐賀でも見られるんですよね?
富田さん:
はい、明治や大正の頃になりますと、佐賀の歴史を物語る石碑があちこちに建てられて、そこに刻まれた解説文は、結構久米が書いたものが多いんですよ。
例えばあの、佐賀藩校・弘道館の記念碑。
あとは有田焼で活躍した、深川栄左衛門という方のお墓の墓碑、佐賀市内の石井樋公園にある、成富兵庫茂安を称える碑文や、日新小学校の中の大砲を造るための反射炉の記念碑など。
これらは、石碑に書いてあるタイトルは、鍋島直正や大隈重信など立場のある人や、書が上手い副島種臣が書くんですが、その解説文は、今紹介したもの全て久米が1人で書いているんですよね。
ですから、結構佐賀の歴史を後の世に残すための仕事をしながら長生きして、最期は昭和6年に93歳で他界するということになるんですね。
マスター:凄い人生ですねぇ…。
富田さん:
お、時間だ!次の現場まで、7分32秒で行かなきゃ!
マスター、ご馳走様!
マスター:
富田さんも、久米邦武に負けない位、緻密なお人だ。
私もジグゾーパズル、この30ピースが完成したら次はいよいよ100ピースに挑戦してみようかなぁ…。